「ラガーこれ食べてみてー。」とりゅうたろう(2年生)、
  「自分でかじってみいやー。」と僕、
  おそるおそるかじってみる・・・・「あまっ!」はやて(2年生)も「ほんとや、あまっ!」と感動している。
  二人が採った柿は幸運にも渋柿ではなかったよう。(笑)
  
  ガイアキッズ「火とあそぶ」の会場には、まるで柿林のように木が並んでいる。
  しかも採り放題というのだから寛容な施設だ。ありがたい。恵まれている。
  先が割れた竹竿を持ち、枝を挟み込んだらひねって枝ごと折ってしまう。
  木がかわいそうだとか、環境破壊だとか言われるかもしれないが、これが昔ながらの柿採りだ。
  要領を得た子ども達は柿採りに夢中。
  たき火を囲みたいリーダーのもどかしさなど気にもせず、首が痛くなるほど上を向き続けている。
  折った枝付きの柿を落とさないようにするコツは、割れた竹竿の先の奥深くまで押し込むこと。
  これをつかんだ僕は、子ども達が登れない木の上で採った柿を、
  下にいる両手を伸ばした子ども達や、京都からあそびに来ていたPENSという団体のふろたん(リーダー)の
  手のひらの中へ次々と送り込む。まるで親鳥の気分だ。(笑)
  
  子どもが体験することが大事なのは百も承知だが、こんな瞬間、こんな大人がいてもいいだろう、
  と自分にオッケーを出す。
  余談だが同じくPENSのレオ(職員)は、
  「ラガー自身がリーダーと同じところにいるなー、それがリーダーにとってもすごくいいんやなぁ」という言葉を
  プレゼントしてくれた。
  それにしても外で食べる柿は本当にうまい。子ども達もたき火をしながら皮ごとがぶりついている。
  こはく(3年生)は、森に入ってフユイチゴを見つけては口に運ぶ。
  僕は手のひらいっぱいに集めて一気にほおばる。
  口元からこぼれそうなイチゴを落とさないように両手を添えて大事に入れる。
  噛みしめた瞬間に、頭の中がスーッとする心地よい酸味。
  そして舌の奥の方から体にしみ込んでくる何とも言えない自然の甘さ。たまらない!僕の大好きな食べ方だ。
  今年は秋が短かったが、秋の自然の中には人間本来の味覚を育てるおいしいものがあふれている。
  
  僕の好きな「サバイバル登山家」の著者服部文祥は
  「生きるということは、もしくは食べるということは殺すこと。」と言った。
  少々過激な表現だが、僕は共感する。
  ここ数年釣りに夢中な僕は、大物を絞める時に感じたあの謙虚な気持ちを思い出した。
  肉、魚、野菜、果物など、僕とは今まで僕が食べてきたものたちだ。
  
  今年のガイア畑の大根は種まきが遅かったのと間引きの量とタイミングを失敗したため、
  細々としたものを雪の中から掘り出すこととなった。まだまだ僕は農業者には程遠い。
  
  食育が大事だと僕も思う。食べる楽しさ、大切さ、意味を伝えていきたい。
  今のガイア自然学校の活動で、できることからはじめたい。
  いや、まさしく今、食育してる!と柿の木の上で思ったのだった。